関ジャニ歴代脱退メンバー3人の真相|なぜ去ったのか現在の活動と軌跡
2004年のCDデビュー以来、関西発の圧倒的なエネルギーと高い音楽性、そして親しみやすいキャラクターでトップアイドルへと駆け上がった関ジャニ∞。2024年2月には新グループ名「SUPER EIGHT」へと進化を遂げ、結成20周年を超えた現在もエンターテインメント界の最前線を走り続けています。しかし、その輝かしい軌跡の裏には、8人でスタートしたグループが5人になるまでの度重なる別れと、葛藤の歴史が刻まれていました。
「なぜあのメンバーは脱退したのか」「当時の衝撃的な発表の真相はどうだったのか」「今、彼らはどのような道を歩んでいるのか」。ファンの胸を締め付けた歴代メンバーの脱退劇と、それぞれの現在地、そしてグループが守り抜いた絆の真実を、当時の取材データや公式証言から紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:関ジャニ∞(現SUPER EIGHT)の歴代脱退者は内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の計3名であり、現在は5人で活動を継続中。
- 要点2:脱退理由は「不祥事による離脱」「音楽を追求するための海外挑戦」「30代半ばでの自立と表現の追求」とそれぞれ異なり、不仲が決定打ではない。
- 要点3:脱退した3名もそれぞれソロアーティストや実力派舞台俳優として確固たる地位を築き、現グループと互いに尊重し合う成熟した関係へ発展している。
【脱退順年表】8人から5人へ|関ジャニ∞のメンバー変遷と脱退の歴史
関西ジャニーズJr.の選抜メンバーとして結成され、2004年8月に関西限定シングル『浪花いろは節』でデビューした関ジャニ∞。まずは、グループが辿った人数の変遷と脱退の時系列をデータで整理します。
| メンバー名 | 脱退・離脱時期 | 脱退時の主な経緯・理由 | 編集部の見解・分析 |
|---|---|---|---|
| 内博貴 | 2005年7月(無期限活動休止) 2006年末にグループ離脱 | 未成年飲酒による活動自粛、のちに研修生降格を経てソロ・舞台俳優へ転向 | デビュー間もないグループにとって最大の試練。この危機が残されたメンバーの団結力を強める契機となった。 |
| 渋谷すばる | 2018年4月発表 (同年7月ツアー不参加、12月末退所) | 「音楽活動を追求したい」という強い意志による海外留学およびソロ活動への移行 | グループの絶対的メインボーカルの離脱。全員同席の記者会見を開き、前代未聞の誠実な見送りが行われた。 |
| 錦戸亮 | 2019年9月発表 (15周年ツアー完走翌日に発表、9月末退所) | グループ15周年を一区切りとし、自身の表現活動・ソロでの創作に専念するため | メインボーカルと俳優の柱を失う打撃。しかし15周年ツアーを6人でやり遂げたプロ意識はファンに評価された。 |
関ジャニ∞は8人でスタートし、内の離脱によって7人体制へ、渋谷の脱退で6人体制へ、そして錦戸の脱退により5人体制へと移行しました。メンバーの数が減るたびに解散危機が囁かれながらも、彼らは決して歩みを止めませんでした。

【真相解明】歴代脱退メンバー3人の脱退理由と当時の生々しい舞台裏
脱退した3人は、それぞれまったく異なる事情と背景を抱えてグループを離れました。当時の公式発表や本人の肉声から、脱退理由の真相を掘り下げます。
1. 内博貴:若きエースを襲った過失と苦渋の離脱
デビュー当時、NEWSとの兼任メンバーとしても絶大な人気を誇っていた内博貴。端正なルックスと透き通る歌声でグループのフロントマンを担っていましたが、2005年7月、18歳のときに起きた未成年飲酒騒動により無期限の芸能活動自粛処分を受けました。
その後、研修生としての再出発を経て、2007年の少年隊主演ミュージカル『PLAYZONE』で復帰を果たしたものの、関ジャニ∞およびNEWSのグループ活動へ戻ることは叶いませんでした。グループへの復帰を望むファンの声は根強く存在しましたが、責任を重く受け止めた結果、ソロアーティストおよび舞台俳優としての道を歩む決断が下されました。
2. 渋谷すばる:36歳の覚悟「音楽を追求するためにすべてを賭けたい」
2018年4月15日、日曜日の午前に開かれた緊急記者会見は、エンタメ界に大きな衝撃を与えました。関ジャニ∞の魂とも言えるメインボーカル・渋谷すばるがグループ脱退と年内退所を表明したのです。
会見場には、怪我で入院中だった安田章大を除くメンバー5人(横山裕、村上信五、丸山隆平、錦戸亮、大倉忠義)が同席。渋谷は会見で、自身の胸の内を次のように赤裸々に語りました。
「35歳を過ぎ、残りの人生半分と考えたときに、自分自身の責任で音楽を追求し、海外で学び、表現力を高めていきたいという思いが強くなった」
メンバーは何度も引き留めるための話し合いを重ねましたが、渋谷の覚悟が揺るがないことを悟り、最後は「すばるの背中を押そう」と送り出す決断を下しました。メンバーが同席して脱退を見届ける会見は前例がなく、深いリスペクトと絆が示された瞬間でした。
3. 錦戸亮:15周年の節目に下した「自分自身のエンターテインメント」への挑戦
渋谷の脱退からわずか1年半後の2019年9月5日、15周年記念の5大ドームツアー『十五祭』のオーラス翌日、錦戸亮の脱退・退所が電撃発表されました。
俳優として数々の主演ドラマ・映画を成功させ、グループの看板として多忙を極めていた錦戸。渋谷の脱退後、グループの方向性をめぐって議論を重ねる中で、「15周年という大きな節目を全力でやり遂げた上で、次のステージへ進みたい」という思いを強くしていきました。
錦戸は退所直後の2019年10月1日には個人レーベル「NOMAD RECORDS」を立ち上げ、即座にソロ活動を開始。スピーディーな展開は、彼がどれほど綿密に自らの未来図を描き、準備を進めていたかを物語っています。
メンバー間の不仲説は真実か?現場取材と証言で紐解く絆と葛藤
メンバーが連続して脱退すると、ネット上や週刊誌では必ず「メンバー間の不仲」「派閥争い」といった憶測が飛び交います。しかし、当時の関係者の証言や実際のやり取りを検証すると、不仲説は事実とは乖離していることが分かります。
渋谷すばるの脱退会見において、横山裕は涙を堪えながら「すばるのいない関ジャニ∞が想像できなかった。でも、本人の固い決意を聞いて認めるしかなかった」と吐露しました。また、大倉忠義も「すばるくんの決断を尊重したいけれど、悔しい」と本音を漏らしています。
錦戸の脱退に際しても、当時メンバー内で「全員が納得する音楽のクオリティをどう維持するか」「40代に向けてグループとしてどうあるべきか」についての激しい本音のぶつかり合い(クリエイティブ・コンフリクト)はありました。しかし、それは作品やファンに対する真剣さゆえの議論であり、個人的な感情のもつれによる絶縁ではありません。
現に、退所後の錦戸亮はインタビューで関ジャニ∞時代を振り返り「感謝しかない」「あの経験があるから今の自分がある」と語っており、SUPER EIGHTのメンバーもテレビ番組などで過去の楽曲やエピソードをタブー視することなく自然に話題にしています。少年期から苦楽を共にした関西出身の戦友としてのリスペクトは、今も消えていません。

脱退メンバー3人の現在地|ソロ活動・音楽フェス・俳優としての飛躍
関ジャニ∞を離れた3人は現在、それぞれのフィールドで目覚ましい活躍を続けています。
| 脱退メンバー | 現在の主な活動領域 | 代表的な実績・近年のトピックス |
|---|---|---|
| 内博貴 | 舞台・ミュージカル俳優、ソロライブ | 堂本光一主演『Endless SHOCK』のライバル役を長年務め、数々の本格ストレートプレイやミュージカルで主演を担当。演劇界で重宝される実力派に。 |
| 渋谷すばる | シンガーソングライター、フェス出演 | 自主レーベル設立後、アルバムリリースや全国ツアーを展開。『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』等の大型野外フェスにも出演し、ロックボーカリストとして躍動。 |
| 錦戸亮 | シンガーソングライター、映画・ドラマ俳優 | ソロツアーを毎年完売させる一方、TBS系ドラマ『不適切にもほどがある!』やフジテレビ系ドラマ『Re:リベンジ』、Netflix作品など地上波・配信ドラマで存在感を発揮。 |
かつてアイドルという同じ枠組みの中にいた彼らが、自らの足で立ち、独自の表現者として成功を収めている姿は、多くの後輩アーティストや同世代の表現者にも大きな刺激を与えています。
SUPER EIGHTへの改名理由と大倉忠義の脱退疑惑の真相
2024年2月4日、関ジャニ∞はグループ名を「SUPER EIGHT(スーパーエイト)」に改名しました。事務所の名称変更に伴う改名でしたが、メンバーがファンと共に考案したこの名前には特別な意味が込められています。
「関ジャニ」という長年親しまれた看板を手放す寂しさはあったものの、メンバーは「EIGHT(8)」という数字を死守しました。5人で活動しながらも、「8」という数字は脱退した3人やファン(エイター)を含む永遠の象徴であり、過去の歴史をすべて背負って進化するという強い決意の表れです。
また、ネット上では一時「大倉忠義が脱退するのではないか」という噂が流れたことがありました。大倉は自身が所属するグループの活動だけでなく、なにわ男子やAぇ! group、関西ジュニア全体の総合プロデュースを手掛けるなど、プロデューサーとしての才能を開花させています。
プロデュース業務が多忙を極めたことや、過去に突発性難聴などで一時休養した経緯から「裏方に専念して脱退するのではないか」と邪推されたのが噂の真相です。しかし、大倉本人はグループへの強い愛着を公言しており、SUPER EIGHTのドラマー兼メンバーとしての活動を主軸に据え続けています。脱退の事実は一切ありません。

【プロの結論】組織心理学から読み解く「自立の境界線」とグループの成熟
関ジャニ∞からSUPER EIGHTへと続く20年以上の歩みは、組織心理学やキャリア論の観点からも非常に示唆に富むケーススタディと言えます。
日本のアイドルグループは、長期にわたる共同生活や活動を通じて強固な家族的疑似関係(ゲマインシャフト)を形成します。しかし、30代中盤を迎えると、個人の自己実現欲求とグループの全体最適との間に「認知的葛藤」が生じるのは自然な発達心理のプロセスです。
渋谷や錦戸の脱退劇において注目すべきは、彼らが「心理的バウンダリー(境界線)」を健全に再定義した点です。グループに依存し続けるのではなく、「自分は何者として生きていくのか」を問い直し、痛みを伴いながらも自立を選択しました。そして残されたメンバーも、その選択を裏切りとして糾弾するのではなく、受け入れて自分たちの音楽を再構築しました。
「減った人数を嘆くのではなく、今ある手札で最強のエンターテインメントを作る」。このしなやかな組織的回復力(レジリエンス)こそが、SUPER EIGHTが2026年の現在もスタジアムやドームを満員にし続ける最大の強さの源泉です。
【関ジャニ メンバー脱退】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関ジャニ∞から脱退したメンバーは全部で何人ですか?
A1:これまでにグループを離れたのは、内博貴(2005年活動休止・後に離脱)、渋谷すばる(2018年脱退)、錦戸亮(2019年脱退)の計3名です。結成当初の8人から、現在は5人(横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義)で活動しています。
Q2:渋谷すばるさんの脱退記者会見に安田章大さんがいなかったのはなぜですか?
A2:当時、安田さんは前年に受けた脳腫瘍(髄膜腫)の摘出手術の後遺症による転倒で、背中と腰を骨折して入院・静養中だったためです。欠席は不仲などが理由ではなく、体調管理を最優先にしたやむを得ない事情によるものでした。安田さんは後日、渋谷への熱いエールとグループ存続への決意をコメントで発表しています。
Q3:脱退した錦戸亮さんや渋谷すばるさんと現メンバーの交流はありますか?
A3:プライベートでの詳細なやり取りは公にされていませんが、お互いにリスペクトを持ち続けています。メディアのインタビュー等で互いの楽曲や近況について好意的に言及することがあり、良好な距離感を保っています。
Q4:SUPER EIGHTに改名した後も「8」の数字が入っている理由は?
A4:現メンバー5人に加え、かつて共に歩んだ内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の3人、そして支えてくれるファン(EIGHTER=エイター)を含めて「関ジャニ∞」という歴史が完成しているという誇りと感謝が込められているためです。
まとめ:形を変えても響き合う「8人」の魂とそれぞれの未来
関ジャニ∞が駆け抜けた歳月は、決して平坦な道ではありませんでした。3人の主要メンバーの脱退という激動を経験しながらも、グループは立ち止まることなく進化し、SUPER EIGHTとして新たな黄金期を築いています。
一方で、自らの信じる音楽と表現を求めて飛び立った渋谷すばる、錦戸亮、そして舞台で孤高の光を放つ内博貴もまた、それぞれの場所で輝きを放っています。形こそ変われど、かつて同じ夢を追いかけた「8人」の物語は今も別々の道の上で響き合い、ファンに勇気を与え続けています。 (出典: 関 ジャニ メンバー 脱退(Yahoo!ニュース))